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髙木敏克のブログです。


by Richard Parker
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壁抜け猫


 もう誰もが知っているはずのことを、あらためて聞くのはほんとに勇気のいることだ。しかも恥ずかしくて質問が不十分だと、相手は十分には応えてくれない。なま返事をすると、相手は僕がとぼけて悪ふざけの質問をしているのだと思うだろう。だから解らない時の質問というものは時間をかけて真剣に徹底的にしなくてはならないと思う。

「でも、どうやって壁抜けをするんだろう?」

「え、壁抜けができないんだって?あんなに壁抜けの話をするもんだから、てっきりできるものだと思っていたのに」

「壁の中では時間が自由自在にできていて、君たちは過去と現在の間を行ったり来たりできるってことだけど、ほんと?」

「ほんとよ。それに未来にも行けるのよ。未来の時間を壁の外にもって出ることだってできるの。でも壁の中には入れない者にとっては、未来は猫に小判だよね。せっかく未来を持って出てもどれが過去なのか未来なのか識別できないんだから。時間が生きているのか死んでいるのか解らないのよ。まるで動物園のアシカみたいね。生きている時間も死んでいる時間も同じように丸飲みにするんだもの。あれじゃあ、未来がもったいないというものよね。永遠に過去に閉じ込めればいいのよ」

「じゃあ、僕は間違っていたのだろうか?僕は、てっきり、」

「てっきり何なの?」

「僕は、てっきり、闇の中に生きている者こそ過去に閉じ込められるのだと思っていた」

「へえ、ずいぶん厚かましい思い過ごしよね、それって。だって、あなたには壁抜けができないんでしょ。そんな不自由なあなたに『閉じ込められている』なんて言われたくないわ。少なくとも壁抜けができるものには、複数の世界を行き来できるって、そこまではあなたにも解るでしょ。反対に、壁抜けのできない人には一つの世界しかない。それも認めるでしょ。だから、私たちは闇の中で死んでいるのではないのよ。死んでいるのなら過去の時間しかないけど、壁抜けのできる私たちは闇の中にも壁の外にも生きることが出来るのよ。あなたたちに出来て私たちに出来ないことって何もないのよ。だからこそ、壁の外にも出られたんじゃない。それにひきかえ、あなたたちは壁の外で死んでいるのかもしれない。壁の外に閉じ込められているのかも知れない。ちょっと言いすぎかしら、でも、この空っぽの空間が未来にも何処にも繋がっていないことだけは確かね」

壁抜け猫_d0225374_23342469.jpg


by alpacajapan | 2022-08-13 23:35 | 小説